ベガスベイビーラスベガス ラスベガスの歴史
★ラスベガス・・・ここは夢の街★
  

                    
                                                  

100年を迎えたラスベガス市 とは。。。


モルモン教徒によって発見されたラスベガス。砂漠の中にあっても この土地だけは 窪んだ地形で水が湧き出て草木が生い茂る小さなオアシスでした。
1829年、メキシコのアントニオ商人が道を変えた事によって、発見されたオアシスがラスベガスだったと伝えらます。 その後、モルモン教徒が住み始め 1890年に鉄道(現ユニオンパシフィック鉄道)が開通。 1900年、ラスベガスより100マイル北にある鉱山町には1000人の人が定住していましたが これといった産業がなかったラスベガスには まだ30数人程度の住民しかいませんでした。 1905年5月15日に水の便の良いラスベガスには、蒸気機関車の給水地としてダウンタウンに駅が造られました。 ※ 今もDTにはバッファロービルのレストランとして電車が置かれている※ 同年、ラスベガスは 市に制定されます。 19世紀後半 バージニアシティで金鉱が発見され、西部には一攫千金を求めて人々が押しかけます。 ※ゴールドラッシュにより栄え、そして金の取れなくなった街は 現在でもゴーストタウンとして、存在している※ そして、銀鉱山が見つかったラスベガスにも、少しずつ定住者が増え始めます。 1911年、最初の学校がスタートし、エスコパル教会も完成。 1929年、ニューヨーク、ウォール街で大恐慌が始まる。
1930年代、アメリカ政府は、経済恐慌対策(ニューディール政策)の一環として、ラスベガスに程近い 現在のミード湖に世界一の高さを誇るフーバーダム (当時はボールダーダムと呼ばれた)の建設を開始。
更には大恐慌で、賭博を合法化していたネバダ州には全米から集まった労働者が娯楽の場として、 そしてまた、ダム建設により利水も整い 安価な電力も手に入れた事により ラスベガスは急速な発展を遂げ、ゲーミングと建設ブームが到来。 1950年代からは、個性的なホテルが次々と現れては人々を驚かせるようになります。 当時のラスベは、富と名声を夢見る人たちで溢れ、人が人を呼び ラスベガスは現在の様な 世界でも有数の巨大カジノ産業都市に成長していきます。



ラスベガスには、アメリカの大都市に 大抵存在する日本の書店やスーパーなどの進出が 未だ数少ないのが現状です。
日本製の食材や調味料、米などは 韓国系・中国系の大きなスーパー・マーケットに置いてあるだけ・・・

ですが、作者並び学校の友達(日本人)が大変お世話になった商店
 が、あるので日本人が住むのも大きな不自由は、ないかと思われます。


 Nakataさんが、あってくれて本当に助かりました。ありがとう... 

日本人の学校は、1995年に創られた日本語補習 授業校のラスベガス学園しかなく
他の大都市にあるような全日制の日本語の学校はないので、子供などは地元の
学校に通学させるしかなく、短期の駐在予定で派遣される家族には教育の点で、厳しいかもしれません。。。

※作者が通っていたのは、CCSN付属のFLSです※
 
しかし、人口の増加と共に子供も増え万年教員不足状態だとか・・・
あなたも移住のチャンス!!先生業にチャレンジしてみては!?^^ 更に最近では、ラスベに進出する日本からの個人/企業が増えてきました。それには、税金の優遇、街のサイズ、 世界的に人気のある娯楽都市、生活費・不動産が安い、治安面が安全などの利点があるのが理由でしょう。 ラスベガスの最も大きな特徴は やはり、カジノ・ホテル産業を基軸とした24時間動き続ける 街の生活体系ではないでしょうか。ここラスベガスは、アメリカでも珍しくスーパー ランドリー、カシノレストラン、ガソリンスタンドなど生活に必要な店舗は、24時間オープン!! ですので、勤務が3交代制でローテーションしいる為働き口も多々ありしかも現ホテルオーナー達は 世界一の称号欲しさに日夜 自分のホテルの増築や改築に、精を出しているので、それに纏わる 工場が、当然必要となりラスベガス郊外には、続々とゼネコン関係の工場が建っています。 ※近年ではMGMシティーセンターをはじめ コンドミニアムも続々と建築中!!※ 従って、自ずと人手も必要になってくる為 ラスベガスに仕事欲しさで移住してくる人々は、年々増え 現在では、月に約6,000人の人口増加が見られ、全米でも かな〜り景気のよい街となっています。 1985−1995年の間に人口は186,380から368,360人と2倍近くになり、 2005年までに、ラスベガス・バレーの人口は200万人を超すと推測されています。 ラスベガスの総電力源「ネバダパワー」が、現在1年間に新たに引く電線の長さは、ベルリンから チューリッヒの長さに相当するといい、ラスベガスは現在 毎年約30`ずつ 砂漠を飲み込むように広がっています。これは、ビバヒルの2倍の面積と同等。 この勢いで西に進出すると、2019年にはカルフォルニアまで 到達する計算となる。。。?が、山があるので途中で 止まるはず...^^ 公共の運送機関としては、CAT(Citizens Area Transit)というバスが、市内を運行していますが、 ストリップ大通りを除き、郊外は 運行スケジュールが疎で、30-60分待つのは珍しくないのが現状。 Deueceなどパブリックの運賃は$2程度で、タクシーを利用しても$10-20で空港からストリップ、ダウンタウンの ホテルまで行けるほど、ラスベガスはホテルが隣接しています。 しかしぶっちゃけ、郊外のキャットバスに乗ることは あまりお勧めできません なぜなら白人は元より、ASIANすら利用していない、ちょっと怖い交通手段だからです。 主な利用者は、Black peopleかMexcican Peopleです・・・この意味解ります?? 市長のオスカーグッドマンは ネバダ州南部、ラスベガス郊外に 新たなビジョンを打ち立てています。 それは、25ヘクタールの砂漠を、都市に変えようという大プロジェクト。 彼は、その地を「砂漠の宝石・夢の土地」と呼び、その地には 高層ビルが立ち並び 病院や店コンサートホールや さらに 税金を取り立てる国税庁まで移転してくる運びだと証言しております。 市長は、ハッキリと国税庁が嫌いだと言っていますが 「この地に国税庁が移転してくる事によって、建物を賃貸する開発業者を通して私達は 国税庁から堂々と、お金が取れるのです!!」と、逆転の発想で息巻いています。 そして更に、彼は こう続ける・・・ 「最初にカジノを建設したバグジーも、何もなかったラスベに大きな夢を描いた。 ネバダ州南部に、私の夢が実現する日が きっと来るでしょう!」と・・・ 税金に関しては、ホテルの税金、宿泊利用税は9%、消費税は7.25%(2001年、4月現在) 。 州の個人所得税・法人税がないのですが、連邦税はありますです…ハイ。

現在のラスベガスの始まり
1人のマフィアが、愛する女性の為にラスベガスを 創ったのは、有名な話。。。
1946年12月26日、映画「バグジー」でも 知られるベンジャミン・シーゲル (1905〜1947年)が、創ったホテルの名は、彼が生涯を賭け 愛した女性(バージニア・ヒル)のニックネームで、その名は「フラミンゴ」。 ※現在は、ヒルトンの傘下でホテルフラミンゴヒルトンとなっている※ しかし経営が行き詰まった結果、利益を横領している疑いがバグジーにかかり 命の危険にさらされます。そして1947年6月21日、カルフォルニア (ビバヒル)の自宅で何者かの弾丸に倒れその生涯を閉じます。 しかし皮肉な事に、アレほどまでに上手くいかなかった経営もバグジーの 武勇伝を聞きつけ、そのホテルを、一目見ようと押しかけた観光客により 栄え、次々とホテルも作られていきました。 ここ20年の間に人口も5倍に膨れ上がり、世界をテーマとした ホテル/カジノが ストリップ大通りを、またたく間に占領してしてゆき 現在のラスベガスに至ります。
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